どーん、どーん、どーん。
てけてって。
聞こえてくる太鼓の音。
夏祭りである。
太鼓の音を聞きながら、往人は神社に続く石段を登っている。
普段の黒いシャツとズボンの格好のままで。
実は出かけるとき、佳乃に「浴衣で行かなきゃダメぇ」と言われて浴衣を渡されたのだが、ガラが「通天閣」というワケの分からないものだったので謹んで辞退した。
「通天閣」……霧島家のガラなのか?
さすがにあのガラの浴衣を着て、表を出歩くのは勘弁して欲しい。
石段を登る。
どーん、どーん、どーん。
てけてって。
太陽がまだ高い位置にある。
眩しい。
彼は目を細めて太陽に手を翳した。
そしてまた石段を登る。
やがててっぺんに行き着いた。
夏祭り。
出店が立ち並び、奥で太鼓が打ち鳴らされる。
普段は人がいないこの神社も、今日だけは賑やかだ。
「……確かこのあたりのハズだったな……」
沢山集まった夏祭り目当ての客たちの中から、彼はひとを探した。
待ち合わせているハズのひとを。
そのひとは、ほどなくして見つかった。
「聖」
「……往人!」
そのひとは……彼女は目立つから。
簡単に見つけられる。
先に来ていた彼女は、キョロキョロと見回していたが、先にこちらが彼女を見つけた。
彼女の名は霧島聖。
彼女は彼が声をかけると、満面の笑みを浮かべて小さく手を振ってきた。
それに往人は手を軽く上げて応える。
往人。彼女はそう彼の名を呼んだ。
昔は「国崎君」と呼んでいたのだが。
……理由は簡単だ。
今はもう彼が「国崎」で無いからだ。
今の彼の名は霧島往人。婿養子という形になるか。
二人は結婚していた。
プロポーズしたときのことは、今でも簡単に思い出せるし、ついつい笑ってしまう。
あれはそう、こういう感じだった。
「……生理が来た」
ある日、聖が往人に恥ずかしそうに顔を赤らめつつそう報告した。
先日初めてセックスし、そのときうっかり避妊を忘れてしまったからだ。
その言葉に、往人はホッとする。
「……なんだ……そんなに私が妊娠しなかったのが嬉しいのか?」
それが面白くなかったのか、少しムッとした表情で口を尖らせる聖。
たまにするこういう子供っぽい表情も、すごく魅力的だ。
そう心で呟きつつ、照れ笑いを浮かべながら「違う違う」と言った。
「……責任を取る、という形でこういうことを言いたくなかっただけだよ」
そこまで言った後、往人は笑いを収め、表情を引き締めた。
そして彼女の手を取った。
「結婚してくれ」
その言葉に、聖は顔を真っ赤にして小さく首を縦に振った―――
「……浴衣だったんだな」
しげしげと聖を見つめる往人。
今日の聖は違っていた。
藍色基調の、赤い花弁が散らされた浴衣。
そして赤い色の帯。
左手にはうちわを持ち、そよそよと風を送って涼んでいる。
いつもの白衣姿では無く、夏祭りによく合う浴衣。
新鮮だった。
長い髪がよく映えていた。
「……変か?」
少し上目遣い気味に、もじもじとしながら訊いてくる。
ちょっと上擦り気味の声。
いつもと違う格好だから不安があるのか。
往人の感想が気になるようだ。
そんな仕草にも愛おしさがこみ上げてくる。
笑顔で彼は答えた。
「いや、全然変じゃない」
良く似合っている。
むしろヤリたい。
……ばきっ。
……二番目を付け加えたら笑顔で殴られた。軽くだが。
殴られた頭をさすっていると、聖が手を差し出してきた。
「行こう」
そう。今日は夏祭り。
普段なかなか二人きりで遊びに行けないから、今日くらいは少しだけでもそういう時間をとろう。
そういう約束をしていたのだ。
「ああ」
彼はその手を取る。
最愛の女の手を。
彼女はその手を握り返してきた。
そして二人の姿は、夏祭りの人ごみの中へと消えていった―――
<完>